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私の母のガン体験
母がガンになったのは3年前、文字通り目の前が真っ暗になりました
自分で出来ることを少しでもしなければと思い
某有名病院に入院させてから、自分がとった方法が名医のリストを探すことと
自分の通っている医者にガンの名医を聞くことそして健康食品を探すことでした
名医のガンの本はあり、その時に友人から教えてもらったのがアガリクスとプロ
ポリスは効くから買って損はないとのことでした。
医者に話を聞くと返ってくる言葉は、あと「3ヶ月の命」ですというものでした
3ヶ月の命?目の前が真っ暗になるとはこのことでした
自分の愛する母が3ヶ月で死んでしまう。
しかも自分の周りにガンになった経験のある人はいませんから、参考にする情報
がない。
妹と二人でその夜は珍しく食事をして、一緒に「いい人なのに・・・なんでこん
なに早く」と語り合いました。
その後、入院までの間に協和のアガリクス茸仙生露を30万円位はかけて買いまくり
毎日病院で3回飲み始めました
その結果良かったのは「抗ガン剤の副作用が出なかった」ことです
これには病院の医者も驚いていました
(になみに病院は某通信会社系の有名病院でした)
しかし、驚くだけで「なんでだろうね、よかったね」程度のものでした。
医者からすれば、抗ガン剤で苦しむことは当たり前のことなんだと思いました。
(ただ、家族からすればそれはとてもとても辛いことですが・・・)
そのまま順調に2ヶ月ほどが過ぎ、このまま何事もなくガンが治癒するだろうと思った矢先に
びっくりするような出来事が起こりました。
母が放射線治療の時期になり、放射線の誤射により、のどをやられてアガリクスが飲めなくなったのです
その後の衰弱の激しさは凄まじいものがありました。
一気に髪の毛は抜け、顔には死相が現れ、特別室に移されて、点滴の毎日に成りました。
正直このときは母の死を覚悟しました。
そして、ふらふらの状態の時に
「放射線と抗ガン剤でガンが消えましたから、自宅療養してください」
と言われました。
同時に
「免疫力が極度に低下していますので、再発した場合にはもう治療手段がありません」
「ご覚悟ください」
ということも言われました。
(誰でも、この段階では同じことを言われるようです)
その後自宅療養に成りましたが、免疫力を高める食事はないのかと必死に探しました。
しかし、まともなものは無く、アガリクスは高いのでそろそろ買うのが大変になってきました。
また、「風邪をひいいたら終わりです。肺炎に成るケースが高いです」と言われていましたので
注意していても、悲しいかな年寄りはすぐに体調を崩してしまいます。
その時に病院に行くと、薬を処方してくれました。
ただ、そのお陰で、今度は肝臓の値が悪化してきました。
私は医者に問いつめました。
「いったいどうなっているんだ!」
医者は言いました
「免疫が落ちているのでしょうがない」
そこで、もうこのままではどうなっても母は死ぬと確信した私は必死になって免疫力を
回復させる情報を探し続けました。
その結果、丸山ワクチンが良いらしいと聞いて、日本医大にもらいに行きました
インターネットで丸山ワクチンを扱ってくれる医院を探し、母を連れて行き注射していただくように
お願いしました。
その注射を2回打ってから、母の様態が激変しました。
あっという間に顔に生気が戻り、健康体へと変化して行ったのです。
その後母と同じ病室だった人が次々と亡くなる中、母は日に日に元気を取り戻し
髪の毛も戻り、検査データでも異常は全く発見されずに回復の一途を辿りました。
今は元気に気晴らしのパートにもでれるようになり、誰からもガンをしていたとは分からないほど元気です