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鞍馬山について
(総本山鞍馬寺様の許可を頂き、パンフレットより転載)
鞍馬山は、毎日を明るく正しく元気よく積極的に生きぬくための活力を、本尊である尊天からいただくための道場である。本来、いつでもどこにでも存在する尊天の活力が、特にこの鞍馬山には満ち満ちているからである。
尊天とは、「宇宙の大霊であり大光明、大活動体」であり、私たち人間をはじめ万物を生かし存在させてくださる宇宙生命・宇宙エネルギーであって、そのはたらきは愛と光と力となって現れる。愛を月輪の精霊-千手観世音菩薩、光を太陽の精霊-毘沙門天王、力を大地の霊王-護法魔王尊のお姿であらわし、この三身を一体として「尊天」と称するのである。「月のように美しく、太陽のように暖かく、大地のように力強く」と祈り「すべては尊天にてまします」とお唱えするのである。
鞍馬山の信仰は、尊天を信じ、ひとりひとりが尊天の世界に近づき、ついには尊天と合一するために、自分の霊性にめざめ自分に与えられた生命を輝かせながら、明るく正しく力強く生きてゆくことにある。宗派にも人種にも国境にもこだわることなく、ひとりひとりの真のめざめと、共に生かされている万物の調和を祈るのである。また「生活即信仰」を合言葉に、「非行悪言を慎しみ、己を完成する。真実誠心を以って、世に尽す人となる。尊天より御力を戴きて、強き信念に生きる」という「信仰の三カ条」を指針とし、このような生き方をする人が増えて、ろうそくの灯が周囲を明るく照らすように、世界中が明るく豊かになることを理想とする。
約二億六千万年前、海底火山の隆起によって生まれた鞍馬山には、太古より尊天の霊気が満ちあふれており、鞍馬寺が歴史に登場するのは宝亀元年(770)のこと…寺伝によれば、この年に鑑真和上の高弟・鑑禎上人によって毘沙門天がまつられた。そののち延暦15年(796)に造東寺長官の藤原伊勢人が堂塔伽藍を建立し、千手観世音もあわせまつられた。かくて、皇室・幕府から庶民に至るまで幅広い信仰を集めてきたが、昭和22年に鞍馬弘教が立教開宗されて、鞍馬寺はその総本山となり今日に至っている。
また鞍馬山は、心身共に安らぐことのできる大自然の宝庫でもある。山域全体を鞍馬山自然科学博物苑として採集を禁じ、感謝の心で自然に接するよう努めている。春の花に始まって、全山緑に包まれ、やがて紅葉が山を彩り、冬は雪…と美しい四季のめぐりの中に、古式豊かな年中行事が数多く修される。古来「枕草子」などの文学にも登場し、牛若丸とのゆかりも深く、山内には千二百年の歴史を物語る由緒深い史跡が散在する。
鞍馬山は歴史、文学、芸術、自然の山でもあるが、中心はやはり信仰の山。直々とそびえる老杉を見上げつつ精進する修行者は跡をたたず、八丁七曲りの九十九折参道を踏みしめて尊天に祈る人の姿が昼も夜もたえない。仁王門はいつも万人に向けて開放されているが、宗派にこだわらぬ鞍馬山だから寺の教えを押しつけはしない。座禅・念仏・唱題・祝詞・ヨガ…各自の機根に応じ、それぞれの信ずる方法で自由に、尊天の霊気を受け、一人でも多くの人が真実にめざめ力強く生きてくださればそれでよい。
縁あって鞍馬山を訪れた方々が、尊天の活力に包まれて、すがすがしく心洗われるひとときを過ごされるよう希っている。